〈本〉シェルシーカーズ (ロザムンド・ピルチャー著)
ひさしぶりに小説の世界に浸ることのできる作品を読むことができました。
「幸福ってね、自分が現在もってるものを最大限に役立てることだし、豊かさって、もっているものの価値を最大限に引き出すことじゃないかしら。」(下巻P300)
■あらすじ
小説の舞台は第二次世界大戦前後のイギリス。物語りの主人公ペネラピは、高名な画家である父、年若い姉のような存在でもある母のもとで自由闊達な気風と愛情に包まれてめぐまれた少女時代を過ごします。やがて、戦争の波に翻弄されながらもの多くの試練を乗り越え生き抜いていく日々。64歳になったペネラピが回顧する形で物語りがすすんでいきます。
思い通りではない結婚生活、子どもたちへの愛情と冷静なまなざし。そして、生涯でただ一度めぐりあった本物の愛。それを失ったときも自己憐憫もなく、与えられた環境の中で自分自身を力強く生き抜いた女性の物語りです。
■忍びよる戦争の影
そしてやがてニュース映画で見たことや、ラジオの臨時ニュースで聞いたこと、あるいは新聞で読んだこととは何の関わりもないたぐいの恐怖と嫌悪が胸をふさいだ。突然、戦争がパーソナルなものとなり、恐怖の感情が氷の息吹を背中に吐きかけた。人間の人間にたいするほしいままな残忍さ。そのいまわしさを撃退することが各人の個人的責任であるように思われた。これが戦争ということなんだわ。(上巻P223)
ペネラピの人生を否応なく左右する戦争。戦場が描かれている訳ではありませんが、戦争のある時代をいきている庶民の暮らしに戦争がどう影響されるのかが描かれます。
■幸福と豊かさとは
戦後、最愛の両親を亡くし3人の子供をかかえ生活にも貧窮するペネラピ。助けてほしい夫や義母は全く頼りにならない。そのきびしい時代の中を、ペネラピは愚痴もいわず毅然と戦いつづけます。
独立自尊。それこそ、人生の大切なキーワード、運命が人に投げつける、どのような危機をも何とか乗り越えさせてくれる、ただ一つのものだ。自分自身でありづづけること。他に依存せずに独立独歩で生きること。あらゆる意味で才覚を働かせ、自分のことは自分で決めて行くこと。自分の余生についても、自分で決断をくだし、自分でそのコースを定めて行くこと。(上巻P395)
それでも、自分がすべてを賭けて育ててきた子どもたちは自分の生活しか顧みようとしない。世俗的な評価を大切にし、それが幸福だと信じて疑わない長女ナンシー。ペネラピと唯一心が通う存在である次女オリビアも凄腕キャリアウーマンとしての生き方が第一で容易に他者を受け入れない女性。元夫の虚飾と安易な成功を夢見てやまない気質をそっくり受け継いだ長男ノエル。ペネラピは、子どもたちへの愛情は愛情として、我が子たちを冷静なまなざしで見守ります。
幸福ってね、自分が現在もってるものを最大限に役立てることだし、豊かさって、もっているものの価値を最大限に引き出すことじゃないかしら。(下巻P300)
これは、息子ノエルを諭すペネラピのことば。この言葉が今のノエルに届かないであろうことも承知しながらも語り掛けます。
■読み終えて
はじめて読んだのは30台後半だったと思います。今回、十数年ぶりに読み返してみました。
主人公の年齢により近づいた今、”残る生涯を悔いも、恨みもせず、自己憐憫のかげすらもなく、生きつづけ、戦いつづけたのだ。(下巻P400)”とあるとおりに生き抜いた主人公の生き方がとても美しく思えます。
家族、愛情、老い、戦争、いろんな角度から物語が紡がれていきますが、読み終えたあと静かに色々な思いが胸にせまってくる物語りでした。
著者ロザムンド・ピルチャーが今年(2019年)2月6日に94歳で亡くなられたのを今回はじめて知りました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
(そして、全然関係ありませんが、前の装丁の方が素敵だと思うのですが何故変わってしまったのでしょう…。)