心地よい暮らし。

50代突入。夫と二人暮らし。心地よい暮らしを模索中。

(台湾映画)幸福路のチー

台湾映画「幸福路のチー」を観てきました。

 

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🔳あらすじ

1975年、蒋介石が亡くなった日に生まれた女の子チーが主人公です。

 

台湾郊外に実在するという幸福路で育ち、学校では母語である台湾語ではなく中国語で教育を受けさせられます。その影響を受けた幼いチーが語る将来の夢は「偉大な人になること」。

 

成人したチーは新聞社でモーレツに働きます。その中で政局の混乱に巻き込まれたり、大地震で友人を亡くしたりすることが重なり疲れ果て、自由を求めてアメリカに渡ります。

 

その後、アメリカ人と結婚。その地で暮らし続けるチーに幼い頃可愛がってくれた祖母が亡くなったとの知らせが入ります。

 

久しぶりに帰国したチーの目に映ったのは、昔の面影がなくなった美しい街並。ただ、両親や知人の年老いた姿に時の経過を感じます。

 

ふるさとの地でかつてあった戒厳令白色テロ、政変、台湾大地震等と時代が変遷する中で生きてきた自分の半生を振り返るチー。

 

あの日思い描いた未来に、私は今、立てているー?

 

子供のころ思い描いていた未来とはほど遠い自分、年老いた両親の姿、かつての旧友との再会。そのなかで、自分はどう生きていきたいのかを問い直していきます。

 

激動の台湾現代史が背景ですが、アニメという手法のため決して重苦しくはありません。

 

ひとりの女性の成長、挫折、苦悩、再出発という再生のものがたりが描かれています。

 

🔳映画に興味をもったきっかけ

数年前、はじめて台湾を訪れました。

 

ガイドブックを片手に台北の街を歩き回りました。食事はおいしいし、新旧織り交ぜたような活気のある街の様子はとても魅力的で、一度に台湾という国が好きになりました。

 

ある日総統府の見学に行こうと向かった際に、ちかくの広々とした公園を横切りました。ニニ八和平公園という名前でした。

 

ニニ八ってなに?

 

それが世界で一番ながい戒厳令の引き金になった事件の名前であることはあとから知りました。

二・二八事件 - Wikipedia

 

夫が学生時代、はじめての海外旅行で台湾に立ち寄ったとき、空港には銃をもった軍人が普通に歩いていてびっくりしたという話しもこのことをきっかけにはじめて聞きました。戒厳令がそんなにも身近な出来事であることに驚きました。

 

子供のころ、教科書で学んだ戦争はもう遠い昔のことだと思っていました。

 

両親にも戦争の記憶はなく、身近に戦争を感じるのは祖父母の家に飾ってある軍服をきた遺影の写真くらい。

 

ただ、自分も50歳を超えてみて、それがさほど昔の話しではないことが実感として分かるようになりました。

 

そして、ここ数年アジアを旅行することが続くなかで、ベトナムカンボジアでも同じような気持ちになったことを思い出します。

 

カンボジアでガイドをしてくれた現地男性は、キリング・フィールドに案内してくれたときに「自分のおじさんも真夜中に連れられて行かれたまま帰ってこなかった。自分は運がよかった。」と呟いた言葉を忘れられずにいます。

キリング・フィールド - Wikipedia

 

台湾の歴史も知れば知るほど激動の時代だったことが分かります。こんなに近くにある国なのに私はなにも知らずにいました。

 

この映画を見たいと思ったのは、ほぼ同世代といえる監督が、その時代を台湾という地で何を感じて過ごしていたのかを知りたいと思ったことがきっかけです。

 

🔳「自分のものがたり」として観る

ただ、こうした時代背景は事実ですが主題ではありません。

 

ソン・シンイン監督が描きたかったのは、ひとりの女性の物語。だれもが持っている個人的で普遍的なものがたりだと思います。

 

それは、あるインタビュー記事からも感じられます。

 

台湾でこの映画の宣伝をしていたときに、「この映画を台湾以外の人がみて理解できるの?」と聞かれました。

 

それに対して、「自分自身の個人的な体験や想いをしっかり作品に反映することができたら映画は普遍的なものになる。」と信じてきました。

 

とりまく時代や国に違いはありますが、人の心が感じる喜びや悲しみにはさほど違いはないと改めて思います。

 

映画の感想としては、個人的にはチーの両親の姿が心に残りました。

 

チーが作中で母親に向かって、「私はお母さんみたいになりたくないの。」と言い放つ場面があります。

 

貧しい中でその時代をただただ懸命に生き、いつもお金の心配ばかりしている母親。娘のために良かれと思っていても、娘にとっては古い価値観の中でしか考えられない母親に娘は苛立ちます。

 

状況は違っても、自分もかつて同じような言葉を投げつけたことを思い出します。

 

かつては庇護されるのが当たり前だと思っていた子供時代。親だって完璧であるはずがないのは今になれば分かります。精一杯の愛情をかけて育ててくれたことも。

 

今は他県に住む両親と会えるのは年に数回です。年を重ねるごとに両親が少しずつ年老いていくことを感じるのに、近くで暮らしてあげられないことを映画を見ながら複雑な気持ちで思いだしていました。

 

観る人の立場や状況により、いろいろな思いにさせられる映画だと思います。

 

誰もがだれのものでもない、自分だけのものがたりを歩んでいます。

 

キラキラしてはいないかもしれないけれど、一番大切な自分のものがたりをよそ見をせず、大切にしていきたいと思わせてくれる映画でした。

 

ブログの片隅にこうして記録しておくのも同じ気持ちなのかもしれませんね。